
2022年4月1日より労働施策総合推進法、通称「パワハラ防止法」が改正施行され、大企業だけでなく中小企業にも適用されることとなりました。パワハラ防止法とは何を定めた法律なのか、企業はどのような対策を講じるべきなのか、厚生労働省の資料をもとに解説していきます。
パワハラ防止法とは
2020年6月1日に施行された「労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)」により、大企業を対象にパワハラ防止措置が義務化されました。当初、中小企業は努力義務とされていましたが、2022年4月1日より対象範囲が拡大され、中小企業を含むすべての企業にパワハラ防止措置が義務付けられました。
これを機にパワハラ、セクハラをはじめ、カスハラ、モラハラ、スメハラなど、ハラスメントという言葉をよく耳にするようになりましたが、法律上、企業に雇用管理上の措置義務が課されているのは、①パワーハラスメント、②セクシャルハラスメント、③妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントの3つです。
企業が対策すべき3つのハラスメント
- パワーハラスメント(労働施策総合推進法30条の2)
- セクシャルハラスメント(男女雇用機会均等法11条・11条の2)
- 妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント(育児・介護休業法25条)
ハラスメント対策とは何をするのか
企業は職場におけるハラスメントを防止するため、次の取組を行うことが望ましいとされています。
- 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
- 相談体制の整備
- 相談に対する適切な対応
事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
ハラスメントをなくすためには、ハラスメントを許容しない意識を社員ひとりひとりが持つことが重要です。そのために、まずは組織のトップがハラスメントを許容しない指針を示し、社内に周知します。また、就業規則にハラスメントを禁止する旨を盛り込むとともに、ハラスメントを行った者に対する懲戒規定を定めます。
相談窓口の整備・周知
ハラスメントの相談窓口を設け、ハラスメントに関する相談を受ける体制を作ります。相談窓口は社内外どちらでもかまいません。相談窓口を設置したら、相談窓口の連絡先や相談可能時間等、社員が利用できるよう周知します。
相談をしたことで不利益な取り扱いをすることは法律で禁止されていますので、企業はそれを十分認識するとともに、従業員に安心して相談してもらえるよう啓蒙活動をしましょう。例えば下記のように周知することができます。

相談に対する適切な対応
相談が寄せられた際は、相談者が何に困っているのかを具体的にヒアリングします。プライバシーや秘密を守ることを伝え、安心して話をしてもらえるように心がけましょう。
相談者は行為者からの報復を恐れているケースがありますので、行為者へのヒアリングは必ず相談者の許可を得てから行います。また、行為者に対しては、相談者にその点について問いただしたり、圧力をかけたりすることのないよう申し伝えます。
なお、相談者と行為者の双方の話を聞かなければ事実関係は把握できません。相談を受ける際はその点に留意し、相談者の話に共感や理解を示しつつも、冷静に受け止めるよう注意を払います。行為者へのヒアリングの際も、ハラスメント行為があったと決めつけずに、公平な立場でヒアリングを行いましょう。
相談窓口のヒアリング内容
- どのような状況で(いつ・どこで・誰から)
- どのような言動があったか
- どのような頻度か
- 身体症状の有無
- 証拠の有無
- どのような解決を望むか
事実関係を把握できたら、相談窓口や委員会で話し合い、相談者と行為者に対する和解調整を行います。事案によっては懲戒処分を行う、配置転換により相談者と行為者が接触しないようにする等の措置を行います。
和解調整の例
- 問題・要望の聴取
- 問題解決のための相談
- 関係改善援助
- 行為者からの謝罪
- メンタルケア 等
パワーハラスメントとは
パワーハラスメント(パワハラ)は、厚生労働省のパラハラ措置指針において、「職場における、①優越的な関係に基づいて行われる言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるもの」と定義されています。この3つの要素をすべてを満たしたものがパワーハラスメントであり、ひとつでも欠けた場合は職場でのパワハラには該当しません。
ハラスメントは職場で行われるものを指しますが、ここでの「職場」とは、いわゆるオフィスやお店等だけを指すのではなく、取引先への移動中の車内や出張中、職場の歓送迎会等の職場の延長線上を含みます。
パワハラの3つの要素
- 優越的な関係に基づいて行われる言動である
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものである
- 労働者の就業環境が害されるものである
① 優越的な関係とは
優越的な関係と聞いて真っ先にイメージするのは、地位の高い上司と低い部下との関係でしょう。みなさんのイメージのとおり、一番パワハラが起こりやすいのが上司と部下の関係です。
しかし、部下から上司、パート社員から正社員への行為であっても、パワハラは起こり得ます。パラハラに該当するかどうかは、集団対個人、経験豊富な者から浅い者など、職務上の地位だけでなくあらゆる背景を考慮し、行為者が優越的であったかどうかを判断します。
優越的な関係の例
- 上司 ⇒ 部下
- 先輩 ⇒ 後輩
- 経験者 ⇒ 初心者
- 集団 ⇒ 個人 等
② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものとは
ここは二つのポイントが含まれます。
- 業務上必要な言動か
- 相当な範囲内の言動か
パワハラと判断が難しくなるのが注意や指導ですね。パワハラは業務上の注意・指導の延長線上で起きることが多くあります。部下に対する叱責がだんだんと厳しくなり、言っていることは正しくても、人格を傷つけるような誤った伝え方になるようなケースです。
例えば、業務上のミスを叱責した、同じミスを繰り返さないように改善策を考えてくるように申し渡した、という内容であれば、適切な注意・指導の範疇でありパワハラにはなりません。しかし、大勢の前で何時間にもわたり晒し者にして叱責した、一日中反省文を書かせた、となると社会通念上相当な範囲を逸脱していると言えます。
また、何らミスをしていないときにまで、言いがかり的に文句を言ったり、顔を見るたびに人格を否定する発言を繰り返したりするような行為は、業務上必要な言動とは言えません。
相当な範囲内の言動かの判断
下記にあてはまるほど、社会通念上相当な範囲を超えてくる
- 発言内容の悪質性が高い(人格を攻撃する、脅す、侮辱する)
- 手段の悪質性が高い(暴行、怒鳴る、物を投げる)
- 頻繁に、長期間にわたる
- 必要以上に長時間にわたる
- 大勢の前で晒し者にする
- 大人数で一人を攻撃する(仲間外し、無視)
- 職権を乱用し、不利的な取扱いをする
③ 労働者の就業環境が害されるものとは
パワハラ措置指針によると、「行為を受けた者が身体的もしくは精神的に圧力を加えられ負担と感じること、または行為を受けた者の職場環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等、当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じること」とあります。
個々の事案において、被害者にどの程度の支障が出ているかどうかは対応措置やフォローをする上で重要ですが、看過できない程度かどうかは、被害者の主観ではなく平均的な労働者の感じ方に照らし合わせて判断します。
たとえパワハラ認定に至らない場合でも、パワハラに近しい言動が多い職場ではパワハラが起こりやすくなります。そのため、企業においては日頃から人格や名誉を傷つけるような言動を容認せず、互いを尊重しあう職場風土を作ることが重要です。
セクシャルハラスメントとは
セクシャルハラスメントとは、「職場において行われる、労働者の意に反する性的な言動に対する労働者の対応により、その労働者が労働条件について不利益を受けたり、性的な言動により就業環境が害されること」と定義されています。性的な言動とは、性的な内容の発言と行動の両方をさします。

下記は、性的な内容の発言と性的な行動の具体例です。
性的な内容の発言
- 性的な事実関係を尋ねること
- 性的な内容の情報を流すこと
- 性的な冗談やからかい
- 食事やデートへの執拗な誘い
- 個人的な性的体験談を話すこと 等
性的な行動
- 性的な関係を強要すること
- 必要なく身体へ接触すること
- わいせつ図画を流布・掲示すること
- 強制わいせつ行為など
どの程度の言動が性的な言動だと感じるかは個人差があるため、平均的な女性、ないしは男性の感じ方を基準とすることとされています。
例えば、身体への接触おいて、性的な部位としては唇や胸、臀部などが挙げられます。「よくやった」と言いながら肩をポンと叩く行為は、性的な言動には該当しません。しかし、「よくやった」という気持ちは肩に触れなくても伝わりますし、感じ方は人それぞれですので、相手の考え方がわからないような関係性においては身体的な接触を控えるのが無難でしょう。
また、食事やデートへの執拗な誘いについても、では部下をねぎらうために異性の部下を焼肉屋に誘うのがセクハラかと言われれば、一般的に焼肉屋に性的なイメージはないため、セクハラには該当しません。しかし、「その日は都合が悪くて」「また今度」など遠まわしに断れたら深追いしないことです。
被害者は、誘いを断ったことに対して報復人事を受けることや、職場での立場が悪くなることを恐れるあまり、強い拒絶をできずにいるケースが多くあります。職場において、ある程度の地位についている方や人事権を持つ方は、そういった遠慮や恐れが部下に自然に働くものであることを認識し、性的な言動を行わないよう自身の言動に注意を払う必要があります。
なお、セクハラは宴会の場所などでお酒が入ったときに起きやすいものです。会社の宴会も職場の延長線上にありますので、飲み会の場においても性的な言動は控えるようにしましょう。
妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントとは
妊娠や出産したこと、育児休業を取得することなどについて、上司や同僚から嫌がらせを受けたり、嫌みを言われたりするようなケースが妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント(マタハラ・パタハラ)に該当します。パタハラは、パタニティハラスメントの略称で、パタニティは父性をあらわします。マタハラ、パタハラの具体例です。
- 妊娠したこと対して、嫌がらせを受けたり嫌みを言われたりする
- 重い物を持たせるなど業務内容に配慮しない
- 制度利用の妨害や不利益な取扱い
妊娠したこと対して、嫌がらせを受けたり嫌みを言われたりする
妊娠中、つわりや体調不良により、妊娠前と同じように仕事ができないことに対して、上司や同僚が「通常どおり働けないならやめてもらうしかない」「役立たず」などと嫌みを言うケースです。
重い物を持たせるなど業務内容に配慮しない
業務内容に配慮せず重い物を持たせる、逆に、業務から外して仕事をさせないといった言動が該当します。一律の正解があるわけではなく、妊娠中や産後の体調は個人差が大きいため、本人とよく話し合い、業務分担することが重要です。
制度利用の妨害や不利益な取扱い
直属の上司が制度利用を妨害したり、制度利用後に不利益な取扱いをするようなケースです。具体的には下記のような行為です。
- 産前産後休業や育児休業、時間外労働の免除制度等の申出を断る
- 「それならやめてもらうしかない」などと言って制度を利用しないよう仕向ける
- 制度利用を機に閑職に追いやる等、嫌がらせをする 等
女性の場合は、妊娠・出産に伴い必然的に休業を取得することとなりますが、男性の育児休業については本人の体調の変化は伴わないことから、制度の利用が十分に普及していないのが現状です。
なお、業務分担や安全配慮等の観点から、客観的に見て、業務上の必要性に基づく言動はマタハラには該当しません。マタハラにおいては、過多な業務を与えることでハラスメントになるケースもあれば、育休明けであることを理由に職責を外すなどしてハラスメントとなるケースもあります。
なかには上司はよかれと思ってしたことが、本人の希望とは真逆でトラブルになることもありますので、管理者の価値観や主観にもとづいて判断するのではなく、本人の状況や希望を聞いたうえで判断することが重要です。業務分担や人事配置の都合上、必ずしも本人のどおりにできるとは限りませんが、ミスコミュニケーションによるトラブルは防げるでしょう。
ハラスメントを許容しない雰囲気を作り、業務効率を向上させよう
企業のハラスメント対策においては、パワハラ、セクハラ、マタハラ(パラハラ)の3つのハラスメント対策を講じることが必要です。就業規則等の規程を整え、ハラスメントを許容しない方針を示し、相談窓口を設置したうえで、相談には真摯に対応しましょう。
ハラスメントの起きない職場づくりをするためには、ハラスメント研修を行い、社員ひとりひとりがハラスメントに関する知識とハラスメントを許容しない心構えを持つことが重要です。当社ではご依頼内容に応じたハラスメント研修を行っていますので、研修をご希望の際はお問い合わせください。